『汚れ付着と洗浄の基礎知識』

『汚れ付着と洗浄の基礎知識』
Basic knowledge of dirt adhesion and cleaning

 食品の加工や調理では、食品成分などが機器表面に吸着または付着して汚れとなる。なお、吸着と付着は明確には区別しにくいが、ここでは、分子レベルを超えた大きな集合体や相と呼べる大きさの物体が固体の表面に接着する場合を付着と定義する。付着した汚れは機器表面の衛生状態を低下させるため、食品の加工終了のたびに汚れを脱離させる操作としての洗浄が必要となる。付着に関連した機器表面に対する汚れの洗浄操作について詳述する。

1. ぬれと接触角

 平らな固体表面に液滴を垂らすと、一般的には図1.に示すようなレンズ状の形をした液滴が固体表面に形成される。このように固体表面に液相が接触している状態をぬれていう。

図1.固体上の液滴と接触角
図1.固体上の液滴と接触角

ぬれやすさは、固体表面と付着した液滴表面の接線とがなす角度として定義される接触角によって評価できる。接触角をθ(0°< θ < 180°)とし、固体の表面張力をσS液体の表面張力をσL固液間の界面張力をσLS固体表面に平行な方向の力のつり合いから、次のYoung(ヤング)の式が成り立つ。

式1.1

すなわち、

式1.2

したがって、σSよりσLSの方が小さい場合、すなわち液滴が付着すると固体表面自体のエネルギーが低下する場合には、cosθ>0となるので、0°< θ < 90°である。逆にσSよりσLSの方が大きい場合、すなわち液滴が付着すると固体表面自体のエネルギーが高くなる場合には、cosθ<0すなわち90°< θ < 180°となる。テフロン(フッ素樹脂PTFEなど)など撥水性のある物質の表面では水の接触角は180°に近くなり、水滴はほぼ球形になる。平らな表面上の接触角は固体表面と液滴の化学的性質によって決まるが、接触角は表面の構造にも依存する。表面に微細な凹凸構造があると、実際の表面積は見かけよりも大きくなるため、見かけ面積当たりの表面自由エネルギー(表面張力)はその分だけ大きくなる。いま、平らな表面上の接触角がθであったが、表面の凹凸によって真の表面積がa倍(a>1)になり、接触角がθになったと仮定すると、式(1.2)より、

式1.2-2

したがって、0°< θ < 90°の場合には、θ<θ、90°< θ < 180°の場合には、θ>θとなる。すなわち、表面の微細な凹凸構造によって、ぬれやすい表面の接触角はより小さくなり、ぬれにくい表面の接触角はより大きくなる。
付着ぬれでは、ともに空気と接していた固体表面と液体表面とが互いに接触して固液表面に変化する。したがって、付着ぬれが起こる場合の自由エネルギー変化を考えるには、固体表面ならず、液体表面のエネルギーも考慮に入れる必要がある。表面張力、および界面張力は単位面積当たりのエネルギーを表しているので、単位面積の固体表面が付着ぬれを起こした場合の自由エネルギー変化ΔGは次式のようになる。

式1.3

これに式(1.1)を代入すると

式1.3-2

したがって、液体の表面張力が大きく、接触角が小さい場合の方が、自由エネルギーの低下が大きく、ぬれやすい。

2. 汚れの付着および脱離に伴う自由エネルギーの変化

 液相に存在していた汚れが液相と接する固体の界面に付着する場合も、ぬれの考え方で自由エネルギー変化をあてはめて考えることができる。

図2.汚れ相の固相への付着過程
図2.汚れ相の固相への付着過程

一般化すると、図2.のように、媒質Mと接していた固相Sの界面とが、互いに接触して新たな界面に変化する際の自由エネルギー変化を考えると次のような式が得られる。

式

ここで、σMA、σMS、σAS、はそれぞれの媒質と汚れ相、媒質と固相および汚れ相と固相間の界面張力である。汚れは自発的に付着するから通常、この自由エネルギー変化は大きな負の値である。したがって、汚れ相を固相との界面から脱離させる(すなわち洗浄)ためには、少なくともそれと同じ大きさのエネルギーを加えることが必要となる。そのため洗浄では、機械的エネルギー、化学的エネルギー、熱エネルギーの3つの形態でエネルギーを加える。化学的エネルギーは洗剤の投入によって与えられる。これは、洗剤が媒質に加わることにより、汚れ相が媒質に溶解または分散しやすくなることによる。すなわち、洗剤の投入はσMAを小さくする効果を持ち、式(1.4)で示される付着による自由エネルギーの低下(-ΔG)を小さくする方向に作用する。そのため、汚れ相は脱離しやすくなる。また、熱エネルギーを加えて温度を上昇させると、この洗剤の作用は増強され、σMAがさらに小さくなり、温度上昇により付着状態は不安定化する。すなわち、σASが大きくなる。したがって、付着による自由エネルギーの低下(-ΔG)がさらに小さくなる。その結果、付着の自由エネルギー変化が正(ΔG>0)になれば、汚れ相は自然に脱離する。浸漬洗浄で汚れが除去できる場合はこのような状況にある。付着の自由エネルギー変化が負のままであっても、その絶対値(-ΔG)が小さい状況では、せん断力や圧力などのわずかな機械的エルネギーを加えれば汚れ相の脱離が起こる。このように、機械的エネルギー、化学的エネルギー、熱エネルギーの3つを適切に組み合わせることにより、洗浄を効率よく行うことができる。

3. 洗剤の作用

 洗浄操作では、汚れ相を脱離させるための化学エネルギーとして洗剤が投入される。代表的な洗剤成分として界面活性剤があげられる。界面活性剤とは、界面に吸着して界面の自由エルネギー、すなわち界面張力を低下させる特性をもつ物質を指す。界面活性剤の分子構造の特徴として、1つの分子内に親水部分と疎水(親油)部分をもつ両親媒性の化学構造を持つ。洗剤の用途に大量に使用されているほか、食品や化粧品の乳化剤として重要な役割を果たしている。洗剤としての作用は、次のように説明できる。図3.に示すような油性の汚れ相が付着している固相に界面活性剤水溶液を接触させると、界面活性剤はその疎水部を汚れ相内部に向けて汚れ相界面に付着する。

図3.界面活性剤の疎水性汚れに対する作用
図3.界面活性剤の疎水性汚れに対する作用

したがって、汚れ相界面は界面活性剤の親水部分で覆われ親水性を増す。その結果、汚れ相が水中に分散しやすくなり、固相から脱離する。
界面活性剤だけでなく、アルカリや酸なども洗剤成分として用いられる。アルカリはタンパク質や油脂などの有機物が主体となった汚れを分散可溶化して除去を目的として使用される。付着汚れの酸化分解を目的として、次亜塩素酸ナトリウムや過酸化水素などの酸化剤を添加した配合洗剤が使用される場合もある。

4. 洗浄方法

 食品製造機器の洗浄では、CIP(cleaning in place)と呼ばれる方式により洗浄が行われる場合が少なくない。CIPは定置洗浄とも呼ばれ、機器を分解したり移動したりすることなく、稼働時とほぼ同じ状態のまま洗浄を行う方式である。構造の複雑な機器には適さない場合もあるが、タンクやバルブの連結されたパイプラインなどの洗浄で多用される。パイプラインでは洗剤を内部に送液し、洗剤の化学的エネルギーと送液に伴って洗浄液が器壁に及ぼすせん断力を主な機械的エネルギーとして洗浄を行う。流れが速いほど配管内壁に作用するせん断力は大きいため、洗浄液の流速(またはレイノルズ数)を高く設定することが洗浄効率を高く保つうえで必要になる。CIPでは洗剤タンクやポンプのほかに自動制御装置を装備して、あらかじめ設定された洗浄プログラムに従って自動運転を行うのが一般的である。なお、CIPとは対照的に、装置を分解して行う洗浄法をCOP(cleaning out place)では、拭き取りやブラッシングによるせん断力と摩擦力、噴射ガンやノズルから射出される高圧水による圧力、超音波により発生させた気泡のキャビテーションなどが力学的エネルギーとして利用されている。

5. CIP装置

① 利用目的

 CIP装置には、シングルユース方式とマルチユース方式がある。シングルユースは、汚れが多く洗剤の消耗が大きいラインに適用し、1回の洗浄を使い捨て、洗剤効力を最大限に活用することを特徴としている。
マルチユースは、洗剤を繰り返し使用する装置で経済的なCIP装置である。特に複数のラインを1つのCIP装置で洗浄する場合には、洗剤やエネルギーの消費が少なく効率的である。

② 装置概要

 CIP装置を構築するには、洗浄対象機器とパイプラインの構造特性にあった洗浄システムの選定が必要である。その他に洗浄効率に関わる因子としては、洗剤の種類、濃度、温度および洗浄時間がある。
シングルユースCIP装置の基本フロー概略図を図⒋に示す。洗剤回収再利用を行わないで規定濃度に調整した洗剤タンクを必要とせず、洗浄ラインを循環運転できる最低容量の循環用タンクを設置する。

図4.シングルユースCIP装置概略フロー
図4.シングルユースCIP装置概略フロー

マルチユースCIP装置の基本フロー概略図を図5.示す。洗剤を循環利用するので洗剤別にタンクが必要であり、タンク容量は洗浄対象ラインを円滑に循環できる容量を必要とする。例えば図に示すアルカリ洗剤でライン1を洗浄する場合はバルブAとバルブBを開けて、アルカリ洗剤タンクとライン1の循環ラインを構成する。

図5.マルチユースCIP装置概略フロー
図5.マルチユースCIP装置概略フロー

以上

【参考文献・引用】
日本食品工学会編:「食品工学」朝倉書店(2012)