技術用語解説56『耐熱性カビ(Heat resistant mold)』

技術用語解説56『耐熱性カビ(Heat resistant mold)』

 食品および飲料などの製造業で使用される原材料では耐熱性カビによる汚染が重要な問題となることがある。一般的にカビや酵母の耐熱性は非芽胞形成細菌に比較して低く、湿熱条件下では、60~65℃、5~10分、または70℃、10分程度の加熱で容易に死滅する。ところが、一部のカビは、80℃、30分の加熱でも死滅しない子嚢胞子を形成する。こういった耐熱性子嚢胞子を形成するカビを耐熱性カビといい、缶詰・瓶詰の保存技術が普及するにつれ、世界的にそれらによる変敗事故が報告されるようになった。
 近年もペットボトル飲料やパウチ詰め食品など常温保存の食品の普及とともに変敗事故が発生している。食品の種類としては、パイナップル、マンゴー、イチゴなどの果実加工品、リンゴジュース、ぶどうジュース、ウーロン茶、アロエ飲料、そして、常温で長期間保存可能なゆで麺、ゆでスパゲッティなどに多い。
 主なカビの種類は、ピソクラミス、ネオサルトリア、タラロマイセス、ユーベニシリウム、ハミゲラ、ラサムソニアなどの子嚢胞子であり、これらの子嚢胞子は湿熱条件下でD値が90℃で1~15分と耐熱性が強い。これらの耐熱性カビはすべて典型的な土壌菌であり、国内だけでなく世界中のどこにでもあるカビで、決して特殊なものではない。土壌中の子嚢胞子は休眠状態で存在している。この休眠状態にある子嚢胞子は加熱処理により活性化し、発芽率が一挙に上昇するので注意しなければならない。つまり、原材料に混入している休眠状態の子嚢胞子は、加熱工程を通過することによって、逆に発芽が促進されるという現象が起きる。加熱温度が高く加熱時間が長いほど発芽率が高くなり、ネオサルトリア・グラブラの実験では、72.5℃、20分加熱すると非加熱より発芽率は10倍上昇し、80℃、12分では約100倍上昇したという報告がされている。
 常温流通が可能な清涼飲料水の場合には、食品衛生法で、内容液のpHにより殺菌基準が定められており、pH4.0未満の飲料では、65℃、10分間、pH4.0以上から4.6未満の飲料では85℃、30分間、またpH4.6以上でかつ水分活性値が0.94を超える低酸性飲料では、120℃、4分間と同等以上の効力のある殺菌を行うことが定められている。ところが、この殺菌基準では、先に述べた通り120℃、4分間以外は耐熱性カビが残存し、逆に加熱効果により耐熱性カビが覚醒し食品保存中に発育するという事例の食品事故が発生し報告されている。
 耐熱性カビの殺菌では発芽胞子の死滅曲線が発芽促進曲線を上回る加熱殺菌時間と温度を設定する必要がある。さらに、製品の特性により、高温殺菌できない場合も多く、現在では、低温殺菌と高圧処理や交流高電界処理を組み合わせた方法などが研究・開発されている。

以上

【参考文献・引用先】
「食品工場のカビ対策 事例データブック」編者:高鳥浩介 幸書房