『非加熱処理による食品殺菌技術の最新動向』

『非加熱処理による食品殺菌技術の最新動向』
“Latest Trends in Food Sterilization Technology Using Non-Thermal Treatment”

1. はじめに

 食品の安全性の要求には、従来の加熱殺菌処理のみならず、汚れや微生物の洗浄・除菌、生の原材料の微生物制御などが重要になっている。野菜や畜肉類、魚介類などは本来健康な組織内に病原菌等の存在は認められない。収穫から一次処理、貯蔵における微生物の付着、繁殖による二次汚染が原因であり、表面の微生物制御の対策を、いかに品質を損なわずに行うかが、これらを原材料とした食品加工の微生物的安全性確保の大きな鍵となる。これらにおいては冷殺菌処理という位置付けで、次亜塩素酸ソーダなどの薬剤が使用されているのが一般的であるが、これらの適正使用量を誤れば、臭気の問題や原材料の品質劣化も引き起こす可能性が生じる。
 そのような現状において近年では有機系の洗浄除菌剤の新たな開発、さらに電解酸性水、オゾン水、有機酸処理などの利用が検討されている。本レポートでは、殺菌等の食品加工に関連した非加熱処理について詳述する。

表1.に従来から用いられている非加熱殺菌について示す。

表1. 主な食品殺菌法の分類

加熱殺菌 乾熱殺菌 熱風、火炎、赤外線
湿熱殺菌 飽和蒸気
非加熱殺菌
(冷殺菌)
殺菌剤 ガス殺菌 エチレンオキサイド、オゾン、塩素
液体、固体殺菌剤 さらし粉、過酸化水素
放射線 電離放射線 X線、γ線、電子線
非電離放射線 紫外線
その他 圧力、超音波、電気的衝撃、溶存酵素

表2.に近年注目されている非加熱的な処理について示す。

表2. 近年注目されている主な非加熱的な処理

非加熱媒体 処理方法 活用例
静水圧 高圧処理 殺菌、酵素失活、酵素反応の制御、蛋白・澱粉等の変性
電 気 高電圧パルス処理
(高周波)通電処理
電気穿孔による細胞破壊
液体食品(ジュース、ミルク、液卵、ビール等)への応用検討
ジュール熱および電界効果の併用
電極接触処理
電気浸透
脱水処理、固液分離、食品分野でも検討、汚泥処理等での実用化
高圧静電場処理 蒸発促進、鮮度保持
水の電解処理 酸性水による殺菌、医療、食品・農業分野で活用
磁 場 磁場処理 高磁場下での増殖抑制、パルス処理で効果の向上
電子線 電子線処理 電子線強度を弱めた表面殺菌処理、品質劣化を抑制
高強度光パルス処理 表面殺菌処理 紫外線+αの効果
ガス 加圧ガス溶解
除圧によるガス化
不活性ガスの溶解による鮮度保持、ガス溶解および除圧処理による細胞破壊

2. 非熱処理の特徴

 非加熱処理の最大の特徴は、加熱を伴わない処理である。表3.に非加熱処理の特徴について示す。

表3. 非加熱処理の特徴(利点と欠点)

利 点 欠 点(考慮すべき点)
• 品質保持(熱劣化の変質防止、色・香りの保持)
• 生鮮物などの殺菌
• 処理時のエネルギ削減
• 熱変化による品質改善が期待できない
• 殺菌の確実性
• 装置コストや既成工程の改良が必要

 食品加工での加熱処理は、食品素材中の微生物制御と共に、熱処理することで蛋白質の熱変性や澱粉の糊化をもたらし、消化性を高め、嗜好性を向上させている。多くの食品素材においては、これらの加熱処理で得られる効果と加熱処理で生じる品質劣化とのバランスを考慮しながら、加熱処理を決定している。特に野菜や果実を用いた食品においてビタミン類や色素の劣化、素材の軟化などの品質劣化を抑えるため、劣化速度と殺菌に必要な加熱条件を考慮することで高温短時間処理が用いることで熱履歴による劣化を抑えるなどが行われてい。これらの加熱処理により変質しやすいビタミン類や色素などの保持が行えることが非加熱加工の最大の特徴といえる。
 もう一つの非加熱処理の特徴としては、エネルギ消費の面からは従来の加熱処理に比べて、省エネルギ的な処理である。加熱自体が加熱殺菌に必要な素材温度の引き上げを目的としている場合、食品の加熱では水分が多く比熱が大きいため、相当量の熱エネルギを必要とする。加熱処理の大半は関節加熱方式であるため、周囲への熱放出ロスが大きい点が欠点である。そのため熱エネルギの回収・効率化について対策を講じる必要がある。非加熱処理の場合、例えば電界処理においては対象物へのエネルギ処理時の効率が高いことや殺菌作用が電界強度によることで、高電圧を使用しても消費電力量は少なくて済み、処理に用いるエネルギは小さく抑えることができる。
 実際の加熱殺菌処理工程の代替えとして検討する場合は、装置コスト、前後の工程の変更に伴う費用について試算検討が必要である。次に表⒉に示した非加熱殺菌処理について詳述する。

3. 超高圧処理

 超高圧処理(HPP)は、食品の風味・栄養を保ちながら微生物を不活性化できる革新的な非加熱殺菌技術でる。加熱殺菌の代替として、品質保持と安全性の両立が可能な技術である。以下に、超高圧処理の原理、装置構造、メリット・課題、応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理条件

  1.  • 処理圧力:通常400〜600MPa(メガパスカル)で、食品全体に等方的に圧力をかける
  2.  • 処理時間:1.5〜6分が一般的
  3.  • 温度条件:冷蔵〜45℃程度の低温で処理されるため、熱変性が起こりにくい
  4.  • 殺菌メカニズム:
     ✓ 微生物の細胞膜やタンパク質を変性させて不活性化
     ✓ 耐熱芽胞菌には「発芽誘導→追圧処理」で対応可能

▶ 装置構造と方式

表4. 加圧方式と概要

加圧方式 概要 実用性
直接加圧法 ピストンで容積を減らして加圧 小規模・研究用途向け
間接加圧法 圧力媒体(水など)を用いて加圧 商業用に広く普及

 ▶ メリット(加熱殺菌との比較)

  1.   • 風味・色調保持:加熱による変色や香りの変化が少なく、生鮮に近い品質を維持
  2.   • 栄養成分保持:ビタミンC、ポリフェノールなど熱に弱い成分が残りやすい
  3.   • 包材の自由度:耐熱性不要のため、モノマテリアル包装など環境配慮型設計が可能
  4.   • エネルギ効率:短時間処理+常温保存でトータルエネルギ削減
 

 ▶ 課題と制約

  1.   • 芽胞菌の完全殺菌は困難:発芽誘導が必要で、法規制との整合性が課題
  2.   • 装置コストが高い:初期投資が大きく、中小企業には導入障壁
  3.   • 殺菌メカニズム:
      ✓ 空気含有量が多い食品(泡立ちや破裂の恐れ)
      ✓ 圧力で物性変化しやすい食品(ゼリー、クリームなど)
  4.  

▶ 応用事例

表5. 超高圧処理(HPP)の応用事例

食品カテゴリ 応用内容
果汁・スムージー 酵素失活による褐変防止、冷蔵で60〜90日保存
畜肉加工品 サルモネラ・リステリア対策、塩分・添加物削減
水産物 殻付き貝の殺菌と殻開け同時処理、寄生虫失活
液 卵 サルモネラ菌殺菌、高圧ホモジナイザー併用

4. 電気利用の非熱処理

(1) 高電圧パルス処理
  高電圧パルス処理(PEF:Pulsed Electric Field)は、食品の品質を保ちながら微生物を不活性化する非加熱殺菌技術で、特に液状食品や生鮮食品の安全性向上に有効な技術である。以下に、PEFの原理、装置構造、メリット・課題、応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理条件

  1.   • 処理方式:数十kV/cmの高電圧を数マイクロ秒〜ミリ秒単位でパルス的に印加
  2.   • 殺菌メカニズム:
      ✓ 微生物の細胞膜に電気的な孔(エレクトロポレーション)を形成し、浸透圧バランスを崩して死滅させる
      ✓ 細胞膜の透過性変化により、抽出性やテクスチャーにも影響
  3.   • 温度上昇:処理中に若干の温度上昇があるが、加熱殺菌ほどの熱変性は起こらない
  4.  
 

▶ 装置構成と技術的工夫

  1.   • 電極構造:炭素電極や隔膜構造で金属溶出や液体接触を防止
  2.   • 冷却機能:処理液の温度上昇を抑えるため冷却機構を併設
  3.   • パッケージ対応:袋詰め状態でも電界印加可能な設計が研究されている
  4.  

▶ メリット(加熱殺菌との比較)

  1.   • 風味・色調保持:加熱による変色や香りの変化が少ない
  2.   • 栄養成分保持:ビタミンや酵素など熱に弱い成分の保持が可能
  3.   • 省エネルギ性:短時間・低温処理でエネルギ効率が高い
  4.   • パッケージ殺菌:袋詰め後の殺菌が可能で、物流工程の簡素化に貢献
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 芽胞菌への効果が限定的:耐性菌には補助的な処理が必要
  2.   • 固形食品への応用が難しい:電界の均一印加が困難で、形状依存性が高い
  3.   • 省エネルギ性:短時間・低温処理でエネルギ効率が高い
  4.   • 装置コスト・安全性:高電圧機器の導入コストと操作安全性の確保が課題
  5.  

▶ 応用事例と展望

表6. 高電圧パルス処理の応用事例と展望

食品カテゴリ 応用内容
液状食品(ジュース・液卵) 微生物殺菌、酵素失活、冷蔵保存期間延長
生鮮野菜・果物 テクスチャー改善、皮むき・搾汁効率向上
パウチ食品 包装後殺菌による食中毒防止と長期保存
農産加工品 抽出性向上、水出し緑茶や乾燥効率改善

(2) 通電処理
  通電処理(通電加熱、オーミックヒーティング)は、食品自体に電流を流して内部から加熱する技術で、加熱時間の短縮と品質保持を両立できる次世代の加熱殺菌法である。以下に、通電処理の原理、装置構造、メリット・課題、応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理条件

  1.   • 基本原理:食品に電界を印加し、食品内部に電流を流すことでジュール熱(P=I²R)を発生させ、食品自体が発熱
  2.   • 周波数帯:
      ✓ 低周波(50〜60Hz):初期の方式。電極腐食の課題あり
      ✓ 高周波(20kHz〜30MHz):電極腐食を抑え、均一加熱が可能
  3.   • 処理温度:加熱殺菌に必要な温度(70〜100℃)に短時間で到達可能
  4.   • 非加熱殺菌との関係:高電界条件下では電気穿孔(エレクトロポレーション)効果も併発し、微生物の細胞膜破壊が促進される
  5.  

▶ 装置構成と技術的工夫

  1.   • 電極構造:平行平板型、同軸型、リング型など。連続処理対応の設計も進展
  2.   • 電源制御:電圧・周波数・波形を制御して加熱効率と安全性を最適化
  3.   • 冷却機構:過加熱防止のための冷却水循環や温度センサー制御を併用
  4.  

▶ メリット(従来加熱との比較)

  1.   • 内部からの均一加熱:熱伝導に依存せず、中心部まで短時間で加熱可能
  2.   • 加熱時間の短縮:ミニマムヒーティングにより栄養素や風味の劣化を抑制
  3.   • エネルギ効率が高い:食品自体が発熱するため熱ロスが少ない
  4.   • 表面焦げなし:外部からの加熱がないため、色調や外観の制御が容易
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 食品の電気特性依存:導電率が低い食品(油脂、乾燥品など)には不向き
  2.   • 電極腐食・スケーリング:長期運転時のメンテナンス性が課題
  3.   • 非均質食品の加熱ムラ:固形物や気泡の存在が加熱均一性に影響
  4.   • 法規制との整合性:殺菌効果の評価基準が未整備な場合もある
  5.  

▶ 応用事例と展望

表7. 通電処理(通電加熱、オーミックヒーティング)の応用事例と展望

食品カテゴリ 応用内容
水産練り製品 均一加熱による品質向上、白色度保持(例:パン粉)
味噌・ジャム 高粘度食品の連続加熱殺菌処理
液体食品(果汁・スープ) ミニマムヒーティングによる栄養保持と殺菌
パウチ食品 包装後の通電加熱殺菌による常温保存対応

(3) 電極接触処理
  電極接触処理は、食品に直接電極を接触させて電界を印加し、微生物を不活性化する非加熱殺菌技術です。特に液状食品やパウチ食品において、品質保持と殺菌効果の両立が期待されている技術である。以下に、電極接触処理の原理、装置構造、メリット・課題、応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理メカニズム

  1.   • 基本原理:食品に直接電極を接触させ、交流またはパルス電界を印加することで、食品内部に電流を流し、微生物の細胞膜に電気的孔(エレクトロポレーション)を形成
  2.   • 殺菌効果:
      ✓ 細胞膜の透過性が変化し、浸透圧バランスが崩れて死滅
      ✓ 一部ではジュール加熱も併発し、加熱殺菌とのハイブリッド効果も期待される
  3.   • 周波数帯:
      ✓ 低周波(50〜60Hz):電極腐食の課題あり
      ✓ 高周波(20kHz〜30MHz):腐食抑制と均一加熱が可能
  4.  

▶ 装置構造と技術的工夫

  1.   • 電極材質:炭素電極やチタン電極が主流。金属溶出を防ぐ工夫が必要
  2.   • 電極配置:平行平板型、同軸型、リング型など。食品の形状に応じて設計
  3.   • 隔膜構造:食品と電極の直接接触を防ぐための絶縁膜を導入する例もあり
  4.  

▶ メリット

  1.   • 風味・栄養保持:加熱による変性が少なく、ビタミンや酵素の保持が可能
  2.   • 短時間処理:数秒〜数十秒で殺菌可能。連続処理にも対応
  3.   • 包装後殺菌:パウチ食品など、包装状態での殺菌が可能
  4.   • エネルギ効率:食品自体が発熱するため、熱ロスが少ない
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 電極腐食・金属溶出:長時間運転で電極劣化の懸念あり
  2.   • 食品の導電性依存:油脂や乾燥食品には不向き
  3.   • 加熱ムラ:非均質食品では電界分布が不均一になりやすい
  4.   • 芽胞菌への効果が限定的:補助的な処理が必要
  5.  

▶ 応用事例

表8. 電極接触処理の応用事例

食品カテゴリ 応用内容
果汁・液卵 微生物殺菌、酵素失活、冷蔵保存期間延長
パウチ食品 包装後殺菌による常温保存対応
味噌・ジャム 高粘度食品の連続殺菌処理
水産加工品 常温流通対応の殺菌処理

(4) 高圧静電場処理
  高圧静電場処理は、食品に強い電界を印加することで微生物を不活性化する非加熱殺菌技術である。特に液状食品や表面殺菌において、品質保持と安全性の両立が期待されている。以下に、原理・装置構造・メリット・課題・応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理メカニズム

  1.   • 基本原理:食品に数kV/cm以上の高電圧静電場を印加し、微生物の細胞膜に電気的孔(エレクトロポレーション)を形成
  2.   • 殺菌効果:
      ✓ 細胞膜の透過性が変化し、浸透圧バランスが崩れて死滅
      ✓ 一部では細胞内タンパク質の変性も併発
  3.   • 処理時間:数秒〜数十秒で殺菌可能
  4.   • 温度上昇:ジュール加熱が起こるが、加熱殺菌ほどの熱変性は起こらない
  5.  

▶ 装置構成と技術的工夫

  1.   • 電極構造:平行平板型や同軸型が主流。炭素電極やチタン電極で金属溶出を防止
  2.   • 絶縁設計:食品と電極の直接接触を避ける隔膜構造が導入されることもある
  3.   • 冷却機構:処理液の温度上昇を抑えるため冷却水循環を併設
  4.  

▶ メリット(従来加熱との比較)

  1.   • 風味・栄養保持:加熱による変性が少なく、ビタミンや酵素の保持が可能
  2.   • 短時間処理:連続処理にも対応し、ライン化が可能
  3.   • 包装後殺菌:パウチ食品など、包装状態での殺菌が可能
  4.   • エネルギ効率:食品自体が発熱するため、熱ロスが少ない
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 芽胞菌への効果が限定的:補助的な処理が必要
  2.   • 食品の導電性依存:油脂や乾燥食品には不向き
  3.   • 電極腐食・金属溶出:長時間運転で電極劣化の懸念あり
  4.   • 法規制との整合性:殺菌効果の評価基準が未整備な場合もある
  5.  

▶ 応用事例

表9. 高圧静電場処理の応用事例

食品カテゴリ 応用内容
果汁・液卵 微生物殺菌、酵素失活、冷蔵保存期間延長
パウチ食品 包装後殺菌による常温保存対応
味噌・ジャム 高粘度食品の連続殺菌処理
水産加工品 表面殺菌と品質保持の両立

(5) 電解水 (酸性水) 処理
  電解水(酸性電解水)は、次亜塩素酸を主成分とする非加熱殺菌剤で、食品の洗浄・除菌に広く使われています。低濃度でも高い殺菌力を発揮し、食品添加物としても認可されている。以下に、原理・装置・メリット・課題・応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と生成方法

  1.   • 生成方法:食塩水や塩酸を電気分解して、陽極側で塩素ガスを発生 → 水に溶けて次亜塩素酸(HClO)となる
  2.   • 主成分:分子型の次亜塩素酸(HClO)で、イオン型(ClO⁻)よりも殺菌力が高い
  3.   • pH範囲:5.0〜6.5(食品添加物規格基準)、有効塩素濃度10〜80mg/kg
  4.  

▶ 装置構成と運用

  1.   • 電解水生成装置:ROX・WOXなどの専用機器で酸性水とアルカリ水を同時生成
  2.   • 使用形態:
      ✓ 浸漬処理(野菜・果物)
      ✓ 噴霧処理(器具・作業台)
      ✓ 洗浄→除菌の連続処理(アルカリ水→酸性水)
  3.  

▶ メリット(従来加熱との比較)

  1.   • 高い殺菌力:低濃度・短時間でも効果的(例:30mg/kgで30秒処理)
  2.   • 臭気が少ない:塩素臭が弱く、食材への臭い移りが少ない
  3.   • 残留性が低い:水洗いで容易に除去でき、トリハロメタン生成も少ない
  4.   • 食品添加物として認可:野菜(2012年)、魚介類(2014年)への使用が認められている
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 接触性依存:表面殺菌が主で、内部汚染には効果が限定的
  2.   • 有効塩素の分解:有機物(液汁など)と反応して殺菌力が低下
  3.   • 保存性が低い:生成後は時間とともに有効成分が減少するため、現場生成が基本
  4.   • 装置管理が必要:電極の劣化やスケーリングに注意
  5.  

▶ 応用事例

表10. 電解水(酸性電解水)の応用事例

用 途 処理内容
非加熱野菜(キャベツ・トマト・キュウリ) 浸漬殺菌+水洗
生鮮魚介類 表面殺菌(例:刺身用魚)
調理器具(包丁・まな板) 浸漬除菌+消臭
作業台・床・ラック 噴霧除菌、HACCP対応

5. 磁場処理

 磁場処理は、食品に磁場を印加することで微生物の増殖や酵素活性を抑制する非加熱殺菌技術です。まだ研究段階の要素が多いものの、低エネルギで品質保持に優れた処理法として注目されている。以下に、磁場処理の原理、装置構造、メリット・課題、応用事例を体系的にまとめる。

▶ 原理と処理メカニズム

  1.   • 基本原理:食品に直流または交流の磁場(数mT〜数百mT)を印加し、微生物の代謝や酵素活性に影響を与える
  2.   • 作用機構:
      ✓ 細胞膜の透過性変化
      ✓ 酵素の立体構造変化による活性低下
      ✓ DNA複製やタンパク質合成の阻害
  3.   • 処理時間:数分〜数十分程度が一般的
  4.   • 温度上昇:ほぼなし(非加熱処理)
  5.  

▶ 装置構成と技術的工夫

  1.   • 磁場発生装置:電磁コイルまたは永久磁石を用いた処理室
  2.   • 処理方式:
      ✓ 連続流通型:液体食品を磁場内で循環処理
      ✓ パッチ型:容器ごと磁場に曝露
  3.   • 磁場制御:周波数・強度・波形(矩形波・正弦波)を調整可能
  4.  

▶ メリット(従来加熱との比較)

  1.   • 非加熱・非接触:食品の風味・栄養・色調を保持
  2.   • 低エネルギ消費:加熱や高圧に比べて省電力
  3.   • 装置の簡素性:電極や高圧部品が不要でメンテナンス性が高い
  4.   • 残留物なし:化学薬品を使わないため残留リスクゼロ
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 殺菌力が限定的:芽胞菌や高耐性菌には効果が弱い
  2.   • 食品の種類依存:液体食品や表面処理に限定される傾向
  3.   • 処理条件の最適化が未確立:磁場強度・周波数・時間の標準化が進んでいない
  4.   • 法規制との整合性:食品添加物や殺菌法としての認可が未整備
  5.  

▶ 応用事例(研究・実証段階)

表11. 磁場処理の応用事例(研究・実証段階)

食品カテゴリ 処理効果
果汁・乳飲料 酵素活性抑制、微生物増殖抑制、保存性向上
生鮮野菜 表面殺菌、鮮度保持(エチレン生成抑制)
発酵食品 発酵制御、酵母活性調整
水 産 物 表面殺菌、色調保持(メトミオグロビン生成抑制)

6. 弱放射線処理

 弱電子線処理(Low-energy Electron Beam, LEEB)は、食品表面の微生物を非加熱で殺菌できる技術で、包装材やパウチ食品の殺菌にも応用可能です。放射線照射の一種ですが、低エネルギで安全性が高く、食品の品質保持に優れている。

▶ 原理と処理メカニズム

  1.   • 基本原理:加速器から発生する電子線(通常80〜300 keV)を食品表面に照射し、微生物のDNAを損傷させて不活性化
  2.   • 非加熱性:照射による温度上昇は極めて少なく、食品の風味・栄養を保持
  3.   • 表面殺菌特化:電子線の浸透深さが浅いため、表面の微生物に対して効果的
  4.  

▶ 装置構成と運用

  1.   • 電子線発生装置:低エネルギ電子加速器(例:EBラミネータ、パウチ殺菌装置)
  2.   • 処理方式:
      ✓ 連続ライン型:包装材や食品をコンベアで搬送しながら照射
      ✓ パッチ型:個包装食品を処理室で一括照射
  3.   • 遮蔽構造:放射線漏洩防止のため鉛やステンレスによる遮蔽が必須
  4.  

▶ メリット(従来加熱との比較)

  1.   • 非加熱殺菌:風味・色調・栄養成分の変化が少ない
  2.   • 残留物なし:薬剤不使用で残留リスクゼロ
  3.   • 包装材殺菌:パウチやフィルムの表面殺菌に最適
  4.   • 処理時間が短い:数秒〜数十秒で殺菌可能
  5.   • 法規制対応:食品照射として国際的に認可されている(例:Codex、FDA)
  6.  

▶ 課題と制約

  1.   • 浸透深さが浅い:表面殺菌に限定され、内部汚染には不向き
  2.   • 装置コストが高い:加速器の導入・遮蔽構造の整備が必要
  3.   • 法的制約:日本では食品照射の対象が限定的(例:ジャガイモの発芽防止のみ認可)
  4.   • 消費者理解:放射線照射に対する心理的抵抗が残る場合あり
  5.  

▶ 応用事例

表12. 弱電子線処理の応用事例

食品カテゴリ 応用内容
パウチ食品 包装後の表面殺菌、常温保存対応
包装材(フィルム・トレー) 製造ラインでの連続殺菌処理
生鮮食品(果物・野菜) 表面殺菌、輸出前処理
医療・衛生資材 包装済み器具の殺菌(食品工場内での活用)

7. 光パルス処理

 光処理による非加熱殺菌は、紫外線(UV-C)や閃光パルス光などを用いて微生物のDNAを破壊し、食品の品質を損なわずに殺菌できる技術である。特に表面殺菌や包装材殺菌に有効で、食品業界での応用が進んでいる。

▶ 光処理の主な方式と原理

表13. 光処理の主な方式と原理

処理方式 原理 主な波長・光源
紫外線(UV-C)照射 微生物のDNA/RNAに吸収され、ピリミジンダイマー形成により複製阻害 200〜280nm(特に254nm)
閃光パルス光
(パルスキセノン光)
高強度の広帯域光(UV〜可視)を瞬間照射し、微生物表面を破壊 キセノンランプ、UV強化型
可視光殺菌
(青色LEDなど)
光感受性色素(ポルフィリンなど)を活性化し、活性酸素種で殺菌 405nm付近

▶ メリット

  1.   • 非加熱・非接触処理:食品の風味・栄養・色調を保持
  2.   • 残留物なし:薬剤不使用で残留リスクゼロ
  3.   • 短時間処理:数秒〜数十秒で殺菌可能
  4.   • 包装材・容器にも応用可能:UV透過性フィルムを用いた殺菌が可能
  5.  

▶ 課題と制約

  1.   • 表面殺菌に限定:光が届かない部分には効果がない
  2.   • 遮蔽・安全対策が必要:UV-Cは人体に有害なため、装置設計に注意が必要
  3.   • 素材依存性:包装材のUV透過率が殺菌効果に影響
  4.   • 芽胞菌や耐性菌には効果が限定的:補助的な処理が必要
  5.  

▶ 応用事例

表14. 光処理の応用事例

食品カテゴリ 応用内容
カット野菜 洗浄後のUV-C照射で生菌数を1ログ以上減少
果汁・乳製品 充填前の容器殺菌、空間殺菌による製品ロス削減
包装材(パウチ・フィルム) UV透過性フィルムを用いた表面殺菌
店舗・工場設備 UV-Cボックスや天井照射ユニットによる器具・空気殺菌

8. ガス溶解処理

 ガス溶解処理は、食品や洗浄水に殺菌性ガス(例:オゾン、二酸化炭素、窒素など)を溶解させて微生物を不活性化する非加熱殺菌技術である。特に液体食品や表面殺菌において、品質保持と安全性の両立が期待されている。

▶ 原理と処理メカニズム

  1.   • 基本原理:
      ✓ 殺菌性ガスを水や食品中に高濃度で溶解させ、微生物の細胞膜や酵素系に作用して不活性化
      ✓ 溶存ガスが酸化作用やpH変化を引き起こし、殺菌効果を発揮
  2.   • 主な使用ガス:
      ✓ オゾン(O₃):強力な酸化剤。自然分解して酸素になるため残留性が低い
      ✓ 二酸化炭素(CO₂):pH低下と細胞膜透過性変化による静菌効果
      ✓ 窒素(N₂):酸素置換による酸化抑制と好気性菌の増殖抑制
      ✓ 水素(H₂)・酸素(O₂):ウルトラファインバブルと併用して抗菌・酸化制御
  3.  

▶ 装置構成と技術的工夫

  1.   • ガス溶解装置:ミクロバブル・ウルトラファインバブル(UFB)発生装置を併用
      • 処理方式:
      ✓ 液体食品への直接溶解(例:牛乳、ジュース)
      ✓ 洗浄水へのガス溶解 → 食品や器具の洗浄・殺菌に使用
      • 制御要素:
      ✓ ガス濃度、溶解圧、温度、接触時間、pH、流速などの最適化が重要
  2.  

▶ メリット

  1.   • 非加熱・非接触:風味・栄養・色調を保持
  2.   • 残留性が低い:オゾンやCO₂は自然分解しやすく、洗浄後のリスクが少ない
  3.   • 省エネルギ:加熱不要でエネルギ効率が高い
  4.   • 用途性:食品、器具、包装材、空間など多様な対象に適用可能
  5.  

▶ 応用事例

表15. ガス溶解処理の応用事例

用途 処理内容
牛乳・乳飲料 CO₂・UFBによる殺菌と酸化抑制(賞味期限延長)
野菜・果物 オゾン水による表面殺菌と鮮度保持
食品工場の器具・床 オゾン水・窒素水による洗浄殺菌
包装材・パウチ ガス置換+表面殺菌による常温保存対応

9. 非熱殺菌処理の評価および予測手法

 非加熱殺菌技術の殺菌評価と予測には、微生物工学・数理モデル・統計解析を組み合わせた「予測微生物学」が活用される。処理法ごとに異なる挙動を定量化し、食品安全性と品質保持の両立を図るのが目的である。

▶ 殺菌評価の基本指標

表16. 殺菌評価の基本指標

指標 内容 備考
D値(Decimal Reduction Time) 微生物数を1/10に減らすのに必要な処理時間 加熱殺菌で広く使用されるが、非加熱でも応用可能
Z値 D値を1/10にするために必要な温度変化 高圧・電界処理では圧力や電界強度に置き換え可能
Log Reduction(対数減少値) 処理前後の菌数差を対数で表現 2〜5 log減少が実用的な目安
Tail現象 死滅曲線の後半で殺菌速度が低下する現象 非加熱処理でよく見られる非線形挙動

▶ 予測手法とモデル化

(1) 一次モデル(Primary Models)

  1.   • 微生物の増殖・死滅を時間軸で表す
  2.   • 代表モデル:
      ✓ ゴンペルツモデル(S字型)
      ✓ バラニー(Baranyi)モデル
      ✓ ロジスティックモデル(Fujikawaらによる改良型)
  3.  

(2) 二次モデル(Secondary Models)

  1.   • 環境要因(温度、pH、水分活性、塩濃度など)が一次モデルのパラメータに与える影響を定量化
  2.   • 代表モデル:
      ✓ アレニウスモデル(温度依存性)
      ✓ 平方根モデル(温度・pH・水分活性の複合影響)
      ✓ 応答曲面法(多因子最適化)
  3.  

(3) 三次モデル(Tertiary/Expert Models)

  1.   • 一次+二次モデルを統合し、実際の食品製造・流通環境での微生物挙動を予測
  2.   • HACCPやリスク評価に活用される
  3.  

▶ 処理法別の評価・予測アプローチ

表17. 処理法別の評価・予測のモデル化

処理法 評価手法 モデル化の特徴
高圧処理(HPP) 圧力依存の死滅速度モデル(非線形) 圧力・時間・温度の複合モデルが必要
パルス電界(PEF) 電界強度とパルス数による殺菌率 Tail現象を含む非線形モデルが有効
電解水・酸性水 有効塩素濃度と接触時間の関係 有機物の影響を補正するモデルが必要
光処理(UV-C等) 照射量(J/cm²)と菌数減少の関係 表面殺菌に特化したモデルが多い

実用化に向けた課題

  1.   • 菌種ごとの感受性差:同じ処理でも菌種により効果が異なる
  2.   • 食品マトリクスの影響:脂質・糖質・粘度などが殺菌効率に影響
  3.   • モデルの汎用性:特定条件下で構築されたモデルが他条件に適用できない場合あり
  4.   • 法規制との整合性:予測モデルの妥当性評価と行政認可が必要
  5.  

10. 今後の展開

 食品分野における非加熱殺菌技術は、2030年までに世界市場規模が約44億ドルに達すると予測されており、特に高圧処理(HPP)やパルス電界(PEF)などが急成長を遂げる見込みである。

技術的展望:多様化とハイブリッド化

  1.   • 高圧処理(HPP):最も成長が期待される技術。生鮮食品や調理済み食品への応用が拡大中。
  2.   • パルス電界(PEF):ジュース・乳飲料など液体食品での殺菌と抽出効率向上に貢献。
  3.   • マイクロ波体積加熱(MVH)・超音波・照射:非加熱ながら内部まで処理可能な技術として注目されている。
  4.   • ハイブリッド処理:HPP+PEF、PEF+UV-Cなど、複数技術の組み合わせによる殺菌効率向上が研究されている。
  5.  

▶ 市場動向と成長要因

表18. 市場動向と成長要因

要因 内 容
消費者ニーズ 無添加・低加工・高鮮度食品への関心が高まり、非加熱殺菌が支持されている
規制強化 食品安全基準の厳格化により、薬剤に頼らない殺菌技術が求められている
サステナビリティ 加熱不要・省エネルギ・残留物ゼロの処理法が環境配慮型として評価されている
コンビニエンス食品の拡大 常温保存可能な高品質食品への需要が非加熱技術の導入を後押し

▶ 今後の課題と研究テーマ

  1.   • 芽胞菌・耐性菌への対応:非加熱技術単独では限界があるため、補助処理や工程設計が必要。
  2.   • 食品マトリクスの影響:脂質・糖質・粘度などが殺菌効率に影響するため、食品ごとの最適化が課題。
  3.   • 法規制との整合性:照射や電界処理など、一部技術は国によって認可状況が異なる。
  4.   • 装置の低コスト化・小型化:中小企業や地域工場への導入促進には、装置の普及価格帯化が鍵。
  5.  

▶ 展望まとめ

  1.   •「非加熱殺菌」は、食品の安全性・品質・環境性を同時に満たす次世代技術として、加工・流通・消費の各段階で重要性を増して
      いく。
  2.   • 今後は「技術融合」「工程設計」「デジタル予測モデル」といった統合的アプローチが主流となり、食品工場のスマート化にも貢献
      する。
  3.  

以上