技術用語解説2 『超臨界ガス抽出(Supercritical gas extraction)』

1. 原理

 物質はある温度、すなわち臨界温度を越えると加圧しても液体とはならず、気体とも液体ともつかない超臨界流体(超臨界ガス)の状態となる。通常は、温度および圧力が共に臨界値を越えた領域の物質の状態を超臨界状態と呼んでいる。
 固体あるいは液体と接する気体中の溶質濃度は、常圧近辺においては溶質分子の熱運動によって決まるのに対し、超臨界流体中の溶解度は分子間相互作用の影響を受けて大きくなる。低圧のガスには殆んど溶解しなかった溶質も、超臨界流体中にはより良く溶解するようになり、その程度は温度あるいは圧力によって変化する。このような超臨界流体中への溶質の溶解現象を利用した抽出法が、「超臨界ガス抽出」である。
 超臨界ガス抽出に用いられる温度および圧力の範囲は、臨界温度(絶対温度)Tc,臨界圧力Pcとすると、T/Tc=1.0~1.2, P/Pc=1.0~5.0ぐらいである。温度および圧力に依存する溶質の溶解度については、熱力学的平衡関係を用いて検討されている他、溶質分子、超臨界流体分子およびそれらの会合体の3者間の質量作用の関係に基づいた検討も行われている。溶 解度には溶質の蒸気圧あるいは昇華圧と分子間相互 作用が影響する。
そのため臨界点近傍の圧力においては超臨界流体の密度への影響の関係で、温度が低い方が一般的に言って溶解度が大きい。しかし高圧となり密度の変化への影響が減少すると蒸気圧 あるいは昇華圧の点から温度の高い方が溶解度は大きくなる。
 天然物を対象とした抽出においては、限定された温度および圧力の範囲で溶解度の増加を計る必要が生ずる。そのため、時にはエントレーナーと呼ばれる目的成分と強い親和性を示す物質、例えばエタノールや水等を超臨界流体に加えることも行われる。

2. 特 徴

 一般的に言って超臨界流体中への溶質の溶解度は、有機溶媒系の抽出剤ほどには大きいものではない。そのため所定量の目的成分を抽出するためには、大量の超臨界流体を必要 とすることになり、循環再使用を行うことも必要となる。また高圧装置を必要とする点は設備費がかさむ欠点となるが、超臨界ガス抽出には次のような長所が期待される。
(1) 温度および圧力の調整にって溶解度を変化させることが出来るので、抽出後の溶質の分離・回収 が容易となる。
(2) 超臨界流体の粘度は液体に比べて小さく、その拡散係数は液体より大きいので、抽出速度に関係する物質移動の面で有機溶媒系の抽出剤より優れている。また、表面張力も小さいので、固体試料への浸透も容易となる。

天然物を対象とした抽出には二酸化炭素(臨 界点31.1℃, 73.8bar)がよく用いられるが、それは次の理由による。
(a) 臨界温度が比較的常温に近いため、熱に不安定な物質の抽出にも適用可能である。
(b) 不活性ガスであるため引火性、化学反応性がなく、人体に対し無害である。
(c) 安価で、純度の高いガスの入手が容易である等の長所を有するためである。

3. 応 用

 天然産物への応用例を表1.に示す。コーヒーの脱カフェイン、ホップエキスの抽出、香料の抽出は商業プラントが稼動している例であり、特にコーヒー脱カフェインは、ドイツにおいて40m3の抽出槽7基で年間20,000トンのグリーンコー ヒー豆が処理されている大規模応用例の実用化からはじまり、現在では天然産物の超臨界流体抽出も数多く実施されるようになった。

表1. 天然産物の超臨界流体抽出事例
【分野】 【抽出事例】
食品 ・コーヒー、紅茶、緑茶などの脱カフェイン
・天然色素、香料の抽出(ワインフレーバ、カロチノイドなど)
・ホップの抽出
・ソフト飲料の製造(アルコールの抽出)
・香辛料(スパイス)の抽出
医薬、化粧品 ・薬効成分の抽出(ビタミン、生薬など)
・タバコの脱ニコチン
・精油の抽出
・脱溶剤
・化粧品原料の抽出精製
油脂 ・植物油の抽出(大豆、菜種、小麦胚芽、コーン胚芽、米糖など)
・動物油の抽出(魚油、肝油、オキアミ、フイッシュミールなど)
・油脂の脱臭、脱色
・脂質混合物の分離、精製(グリセライド、脂肪酸、レシチンなど)
化学原料、エネルギー ・発酵液の抽出(アルコール、有機酸など)