2026/04/20
世界的な原油供給の不安定化により、石油精製の基礎原料であるナフサの不足が顕在化している。ナフサはエチレンやプロピレン、芳香族化合物といった基礎化学品の出発点であり、そこからプラスチック、合成繊維、界面活性剤、医薬品原料など、あらゆる産業に広く波及する。つまり、ナフサ不足は単なる「石油の問題」ではなく、私たちの生活に直結する食品・医薬品・化粧品の供給構造そのものを揺るがす事態だ。
ナフサはクラッカーと呼ばれる設備で分解され、エチレン・プロピレン・ベンゼン・パラキシレンなどの基礎化学品に変換される。これらは、食品トレーやペットボトル、医療用ディスポ製品、化粧品ボトル、包装フィルムなどの原料となる。つまり、ナフサ不足は次のような流れで波及する。原油 → ナフサ → 基礎化学品 → 樹脂・溶剤 → 包装材・医療資材 → 食品・医薬品・化粧品。この「素材の素材」が不足することで、最終製品の供給や価格に影響が出る構造だ。
食品分野では、中身そのものよりも容器・包装材が先に影響を受ける。代表的な例として、発泡スチロール製の食品トレー、カップ麺容器、ペットボトル、ラップ、スタンドパウチなどが挙げられる。これらはPS・PP・PE・PETといった樹脂からつくられるが、いずれもナフサ由来だ。
包装材の価格上昇や供給制限が起きると、食品メーカーは、容量変更、包装仕様の簡素化、一部商品の休止、値上げといった対応を迫られる。さらに、農業資材や肥料も石化由来のため、数か月遅れで農産物価格にも影響が及ぶ。食品業界は、原料・包装・物流の三方向からコスト増に直面している。
医薬品分野では、医療用プラスチック資材が最も深刻だ。点滴バッグ、注射器、採血管、カテーテル、滅菌包装材など、ほぼすべてがナフサ由来の樹脂でつくられている。医療向けは優先配分されるものの、特定グレードの供給がタイトになれば、納期遅延、在庫積み増しによる需給逼迫、価格上昇が発生する。
さらに、解熱鎮痛薬や抗アレルギー薬などのAPI(有効成分)は、ベンゼンなどの芳香族化合物から合成されるものが多い。芳香族の供給が滞れば、APIの価格上昇やリードタイム延長につながり、製造計画に影響を与える。医薬品は「止められない産業」であるがゆえに、ナフサ不足は極めて大きなリスクを孕んでいる。
化粧品業界では、容器・包装材と処方原料の両方が影響を受ける。ボトル、チューブ、ジャー、ポンプなどはPP・PE・PETなどの樹脂で作られるため、価格上昇や納期遅延が発生しやすい。特に色付きや特殊形状の容器は調達が難しくなり、ブランド側は共通容器への切替やSKU削減を検討せざるを得ない。
また、シャンプーや乳液に使われる界面活性剤、ポリマー、シリコーンなども石化由来であり、特定グレードの供給が不安定化する可能性がある。OEM工場では容器調達の遅れが充填スケジュールに影響し、生産計画全体が後ろ倒しになるケースも想定される。
食品・医薬品・化粧品という一見異なる業界だが、実は共通して次のボトルネックを抱えている。
• 汎用樹脂(PE・PP・PS・PET)
• 芳香族系原料(ベンゼン・PX)
• 包装フィルム・ラミネート材
• 不織布・衛生材
• 物流資材(パレット・コンテナ)
これらはすべてナフサを起点とする石化製品であり、どれか一つが欠けてもサプライチェーン全体が滞る。
ナフサ不足は一過性の問題ではなく、地政学リスクや国内石化設備の縮小など、構造的な背景を持つ。企業が今すぐ取り組むべきは次の3点だ。
1. 自社が依存する石化由来素材の棚卸し
2. 代替困難な素材のリスク評価と在庫方針の見直し
3. 包装仕様の簡素化・共通化による樹脂使用量の削減
これらは単なるコスト対策ではなく、事業継続性(BCP)そのものに関わる。
ナフサ不足は、私たちが日常的に手にする食品・医薬品・化粧品の供給に、静かだが確実な影響を与えている。素材の上流で起きた変化が、数か月のタイムラグを伴って生活者の手元に届く。この“見えないつながり”を理解し、企業も消費者もサプライチェーン全体を俯瞰する視点が求められている。
以上