『食品製造機械向け潤滑剤の基礎知識』

『食品製造機械向け潤滑剤の基礎知識』
Basic knowledge of lubricants for food manufacturing machinery

はじめに

 食品業界は、食品に対する安全性への関心が高い。製品の品質、安全への取り組みが、食品メーカーの企業力を表しているといっても過言ではない。食品業界では、製品の安全性について、HACCP等の手法も取り入れて、あらゆる観点から見直しが行われている。本レポートでは、食品製造機械向けの潤滑剤の選定の参考となる解説をする。

1. 食品製造工程と食品製造機械の関係

 中食の惣菜弁当など食品の製造工程の多くは、一部を除けば人海戦術による労働集約型がいまだに多く存在し、人の感覚や器用さに頼る作業が多いため、これまではなかなか自動化が進んでこなかった。
 しかしながら、近年ではコストダウンのための省人化や、安定した労働力の確保、そして何より安全衛生対策のため、これら労働集約型の作業に対して、自動化の要望が徐々に増大し、ロボットメーカなどでも食品製造工程の自動化への取り組みを始めている。特に安全衛生対策においては、一般的に人間は様々な菌を保有しており、食品に接することは好ましくないとされており、手指の消毒や毛髪の落下防止など、安全衛生管理には各社苦労をしている。また人間が作業するということで、作業環境温度は菌が繁殖するのに都合の良い温度帯となってしまっていることが多い。
 そこで製造工程を自動化することによって、安定した労働力を確保し、省人化によってコストを削減し、食品と人間との接触の機会を減らし、環境温度を菌の繁殖しにくい温度帯にすることによって、有害菌の発生や増殖を防ぎ、衛生管理をより確実なものにできるという考え方が出てきた。さらに人間がいなくなれば、異物混入で上位を占める毛髪の落下も減らすことができる。
 しかしながら製造工程の自動化が進めば、機械部品や潤滑剤の食品への混入の危険性は増すことになり、機械装置の管理を強化する必要が新たに生じる。機械加工は人間の作業より広範囲に食材のカス(以下、食品残渣とする)を撒き散らすこともあり、かつ複雑な形状の機械装置は、付着した食材を完全に洗い落とすのが困難なものになるため、機械の洗浄はこれまで以上に手間の掛かる作業になってしまう。当然、機械が増えれば潤滑油の使用量も多くなり、メンテナンス作業も煩雑となる。さらに、大量の潤滑油を洗い流してしまうことになり、環境面での配慮も必要となる。
 このように食品製造工程への食品製造機械の導入は、安全衛生管理をより複雑なものにしてしまうことにもなりかねないので、食品製造工程への自動機械の導入に当たっては、食品メーカーと食品製造機械メーカーの緊密な連携が必要となり、HACCPシステムなどにより、発生する危害の予測を徹底しなければならない。 HACCP での潤滑剤への考え方の優先順位は、次のようになる。
(1)潤滑剤を使用しない
(2)潤滑剤が漏れない・触れない対策
(3)偶発的接触が許容される潤滑剤の使用
 (1)、(2)の対策を全ての個所に行うことはコスト的には現実的ではない。また、潤滑剤を使用している限り、潤滑剤が100%入らないようにすることは現実的には不可能である。したがって、(3)の偶発的接触が許容される潤滑剤の使用が必要になってくる。HACCP対応、異物混入対策の取り組みとして、大手食品および飲料メーカーをはじめ、現在では食品製造機械用潤滑剤を採用することは食品メーカーにとって必須と考えられるようになった。
 食品工場内で使用される潤滑剤は他の産業に比べて使用量は多くないが、様々な機械に使用されている。食品工場内で使われる潤滑剤についても、表1.にHA(ハザードアナリシス)を行う必要がある箇所について示す。

表1. HA(ハザードアナリシス)を行う機械要素部品

機械要素部品 潤滑剤
ベアリング 軸受油 / グリス
ギヤ ギヤ油
チェーン駆動装置 チェーン用潤滑剤
ベルトコンベヤ グリス
熱伝導設備・装置 熱媒体油
コンプレッサ コンプレッサ油
油圧装置 油圧用作動油

2. 食品製造機械メーカーとしての安全衛生管理への取り組み

 先に述べたように、食品製造工程への食品製造機械の導入は、かえって安全衛生管理を困難なものにしてしまう可能性があるので、食品製造機械メーカーとしては、ユーザーの考え方を十分に反映し、簡単でかつ効果的な安全衛生管理が行えるよう、基本となる洗浄作業に十分配慮した機械装置やシステムの設計を行なわなければならない。
 具体的対策例を挙げると、まず機械部品の材質は、錆びにくく薬剤にも強いステンレス鋼材を主に使用している。モータなど、購入品によってはステンレス鋼仕様のものが無いこともあるが、そういう場合は極力カバーを設けるなどの対策を施す。
 次に機械部品には曲面を取り入れ、食品残渣を洗い落としやすくするとともに、洗浄後の水切れを良くして菌の繁殖を防止する。機械部品の結合では、溶接を用いる場合には全周溶接として隙間をなくし、食品残渣を含んだ水が隙間に入らないように工夫し、ボルトを用いる場合には、緩んでも落下しないようボルトの頭を上向きにし、ネジ部を下向きに締めこむようにする。特に食品の搬送ライン上では、ボルトなど機械部品の落下は、即異物混入となるので、機械部品の構成には特に念入りな検討が必要である。使用するボルトは、六角穴付きボルトよりも、六角ボルトが望ましい。
 潤滑剤については、洗浄による流出が機械としての性能を低下させ、時には故障に至ったり、落下による異物混入となることなど、いくつか重大な問題を抱えており、含油軸受けを用いたり、厳重なシール構造としたりするが、軸受けやモータのトラブルを完全に無くすことはできない。
 洗浄によるトラブル対策として、主要部を自動洗浄する機能を持たせ、洗浄工程の負担を軽減するなどの措置をとる工夫をしている。

2. 食品製造機械用潤滑剤の規格と性能

(1) 規格,製品の名称
NSFにおける食品製造機械用潤滑剤はH1 / H2 / H3 / 3Hの4つの区別がされている。
H1:食品に接触するべきではないが混入しても安全なもの
H2:食品に絶対に接触してはならないもの。ただし食品工場内部や周囲で食品の置かれていない所では使用可能
H3:食品に接触する目的で使用される物ではないもの。大豆油等食べても問題ない食肉工場などで肉を吊るすフックに使用
3H:グリルやフライパン等の焦げ付きを防ぐために使われる植物油等、直接食品に接触する目的で使用されるもの
図1.「食品製造機械用潤滑剤」の規格に対する潤滑性能について示す。

蒸し物(シューマイ)

図1.「食品機械用潤滑剤」の規格別の潤滑性能

 「食品添加物由来の食添油を使いたいが、どういうものを使えばよいか。」と言うお問い合わせがある。日本国内で販売されている商品には、「NSFH1」、「USDA H1」、「FDA認証潤滑剤」、「食品用潤滑油・グリス」、「食添油」、「食適油」等の様々な規格名・名称・呼称が混在している状況であることから、食品工場の設備担当者は選定に苦慮する場面があるようだ。
 現在、規格として潤滑油で認証承認されているものは、「NSF H1」のみである。「USDA H1」は、現在、USDAはH1の認証を行っていないので、「過去にUSDA H1認証を受けた商品」という表現をすることになる。これから発売される新製品には当然USDA H1は認証されない。また、「FDA 認証○○」や「食品製造機械用○○」等といった名称には、公的な基準はなく、潤滑剤メーカーの独自の判断で付けられている名称なので注意する必要がある。「食品製造機械用○○」と明記されていても、どんな規格を取得しているかまったく説明していない製品も中にはある。表2. に日本国内の食品製造機械用潤滑剤に関する法令を示す。

表2. 日本国内の食品機械用潤滑剤に関する法令

国内法令(厚生労働省) 概要
食品衛生法第11条 食品又は添加物の基準及び規格
食品衛生法第16条 有害有毒な器具又は容器包装の販売の禁止
昭和34年厚生省告示第370号 食品、添加物等の規格基準
食品製造機械で使用される潤滑剤の安全性に関する規制・規格は現時点で存在しない

 ユーザーから「厚生労働省が認可した食品製造機械用潤滑剤を使いたいが」という質問をいただくことがある。厚生労働省では、食品添加物成分規格で、流動パラフィンをパン製造時の分割油(デバイダー油および離型剤)として使用を定めているだけである。つまり、潤滑剤ではなく、食品添加物として認可しているものになる。厚生労働省が認可している食品製造機械用潤滑剤の規格というのは、存在しないので心得として欲しい。
 海外では、例えば欧州の食品加工機器の規格であるEC Machine Directive89/392/EECの中にFDA適合(=H1規格)の潤滑剤の使用に関する記述がある。日本国内では、目下のところ、食品製造機械に使用する潤滑剤に対しての指針や規格はない状況である。海外では、「NSF H1規格」が食品製造機械用潤滑剤のスタンダードであり、日本国内でも,大手食品・飲料メーカーで採用されていることから,今後は当局からも何らかの指針が出されると考えられる。
 潤滑剤メーカーは、これらの食品機械用潤滑剤の規格、名称の違いをユーザー側に十分に説明する必要がある。「食べても安全」「人畜無害の潤滑剤」という表現は、正しい説明ではないので注意する。例えば、食品添加物でも使用量や使用方法に制限があるのと同じで、混入許容濃度や使用する個所に関する説明も十分にする必要がある。また、規格のない商品の場合については、「毒性についてどのような評価がされているか」、「どのような使用方法が適当か」を十分に説明する必要がある。表3. に日本国内の食品製造機械用潤滑剤に関する法令の一覧を示す。

表3. 欧州の食品製造機械用潤滑剤に関する法令

欧州法令 概要
EC Directive93 / 43 / EEC 通称HACCP指令。95/12月からEU圏で食品・飲料品を製造する製造業者全てにHACCPによる製造工程管理の導入が義務付けられた
EC Machine Directive89/ 392 / EEC 欧州衛生工学・設計グループ(EHEDG:European Hygienic Equipment Design Group)が勧告している食品加工機器の設計、据付け、洗浄等のガイドライン
潤滑剤に関するガイドライン「FDA の規則(21CFR §178.3570)に適合したグリスおよび潤滑油であること=NSF(USDA)H1」

 NSF H1品認証規準であるFDAの規定によれば、H1認証潤滑剤の食品への混入許容濃度は「10ppmを超えないこと」とされている。一方、H1以外の工業用潤滑剤は、たとえわずかでも食品への混入は許されていない。
(2) 一般潤滑剤(nonH1)とH1 潤滑剤の性能
 規格を取っていない食品規格用潤滑剤は別として、H1潤滑剤の場合FDA(米国食品医薬安全局)のリストにあるベースオイルと添加剤から構成されている。ベースオイルはPAO(ポリαオレフィン)等の合成油や流動パラフィン(ホワイトオイル)等になる。これにFDAに適合した酸化防止剤や極圧剤に相当するものを使用することができる。ここで注意しなければならないのは、当然FDAのリストの添加剤には使用できるものに制限がある。

H1潤滑剤が一般潤滑剤(nonH1)と性能を比較

図2. H1潤滑剤が一般潤滑剤(nonH1)と性能を比較

 (一般潤滑剤のように性能を向上させるために、従来の極圧剤や酸化防止剤を入れることはできない。したがって、一般潤滑剤と同等の性能を出すことはそれほど簡単ではない。添加剤に制限がある中で、いかに性能を引き出すか、メーカー各社のノウハウになってくる。
 図2. に示すように一般的にはH1潤滑剤が一般潤滑剤(nonH1)と性能を比較した場合、合成油ベースの潤滑剤が遜色ない性能となっている。
 H1潤滑剤の導入を検討されている食品工場では、現在使用の潤滑剤、使用する個所を考慮し、候補のH1潤滑剤の性状をよく検討して選定することが重要なポイントになる。
(3) ユーザーの求める品質(性状)要求
 食品製造機械のみならず、食品工場で使用されるさらに基礎的な機械要素部品であるベアリング、ギヤ、ポンプ等の機械メーカーもH1潤滑剤の使用について、機械メーカーの指定、推奨品として、検討することが必要である。すでに海外の食品関連の機械メーカーでは、取扱説明書やカタログなどに推奨潤滑剤として、一般潤滑剤とH1潤滑剤が併記されているところが多い。
 機械が潤滑剤に求める品質(性状)要求について考えてみると、基本的には、一般の潤滑剤と同じと考えてよい。さらに食品工場の場合、品質に対して非常にデリケートな神経を使う製品の性格上「機械のトラブル=製品の品質」であることを考慮すると、一般潤滑剤より高い潤滑性能、長寿命の潤滑剤が求められる。
 例えば、従来、食品工場で一般的に使用されてきた、流動パラフィンのように、一般潤滑油より極圧性、耐摩耗性、熱酸化安定性等の性能が劣るのであれば、ギヤオイルや作動油としては使用できない。機械メーカーもそれらの使用を認めることはない。
 食品製造機械用潤滑剤に求められるのは、安全性H1規格をクリアするベースオイル、添加剤で一般の潤滑剤の性能と同等以上の高い要求性能になになる。これらの要求性能を満たした潤滑剤が初めて、ユーザーが安心して食品工場の機械装置に使用することができる。食品工場で「食添油は性能的に劣る。すぐ黒くなるから使えない」という話を聞くことがある。ある意味当然である。食品工場で昔から使用されてきた流動パラフィンや植物油のイメージがあるからである。すでに数多くの実績のある海外での食品工場や機械メーカーの状況を踏まえると、H1規格潤滑剤で、尚且つ潤滑剤の性能としても確かなもので、食品工場が安心して使用できるような食品製造機械向けの潤滑剤を待ち望んでいることが感じられる。

3. 食品製造機械における潤滑油剤の位置付け

 食品製造機械も機械に変わりはないので、その機能を十分に発揮させ、良好な状態を長く維持するためには、摺動部や軸受けの潤滑剤のメンテナンスは欠かせない。求められる機能も一般的な潤滑剤と同じである。しかし一方で、食品に付着したり、洗浄により洗い流されたりするため、安全かつ衛生的という要件を満たさねばならず、そのためには人体や環境にとって有害な添加物は排除されなければならないから、少なからず特性が悪くなることは許容しなければならない。また、使用環境には水分が多く存在するので、完全に水分をはじくか、さもなければ交じり合ってもある程度の潤滑性能は維持する必要がある。さらに潤滑剤自体が菌の温床になってはならず、かつ付着した食品残渣は、洗浄作業によって容易に除去されなければならない。
 このように食品用潤滑剤は、潤滑剤として多くの性能や機能を要求される一方、安全衛生管理上の制約も多く、どのような性状を備えていれば良いのか、はっきりした結論はまだ出ていないというのが実情である。幸いNSFによって、食品製造機械に使用できる潤滑剤が多く登録されており、この中から潤滑剤メーカーと相談して、使用環境や目的に適合したものを簡単に選ぶことができるので、実際に使ってみてその特性について十分検討する必要がある。そしてその情報を潤滑剤メーカーにフィードバックして、改善改良を促すことも重要なポイントである。

4. 食品製造機械のメンテナンスと潤滑管理

 食品製造機械も一般工作機械と同じく、基本的には同様のメンテナンスを施す必要があるが、食品機械は安全衛生管理のため、あるときは薬剤を使い、あるときは温水で、さらに高圧水まで使用して念入りに洗浄されることで潤滑剤が流出し、電気的なトラブルの発生源となってしまう。
 さらに温水を使用すると、例えばモータや防水カバーを施したケース状の機器では内部に結露が起こり、徐々に水がたまって電気的な故障(短絡、ショート)の原因となったり、内部からシャフトの軸受けのグリスを流出してしまい、機械的な故障の原因となったりすることもある。
 原則としては、毎日の洗浄作業後に、必要に応じて注油すればよいのであるが機械が自然に乾燥するには相当な時間を要することから、隙間に入り込んだ水分は分解でもしなければ乾かすことができない。
 自動製造機械の普及が十分でない現状では、一般的に食品加工業者は機械のメンテナンスに不慣れなため、適切な処置がとれないことも多い。そのため無給油状態で運転されたことによるトラブルなどが頻繁に発生することになる。
 このように、食品製造機械の潤滑管理は困難な作業であり、潤滑剤メーカーと食品製造機械メーカーの連携も重要である。
 現在では、過去にニュースにもなった食中毒やBSE、残留農薬問題によって安全衛生に対する意識が非常に高揚し、食品加工工程における多くの改善改良が厳しく行われるようになったことが特質される。

5. 食品製造機械の今後の展開

 今後、食品の製造工程は、さらに自動化が進んでいくと考えられ、人海戦術的な製造工程にも近い将来ロボットが大量に導入されるようになるかもしれない。ありたい姿の一つは、完全な自動化によって、製造工程の温度管理を行い、微生物制御を可能にすることである。そうすれば洗浄工程を簡略化することができ、洗浄による機械へのダメージも軽減できるが、食品加工工程の現状を見る限り、相当時間が掛かると考えられる。
 したがって当面の間、洗浄によって確実に安全衛生管理を行うということになるが、食品加工機械においては、分解洗浄を行うなど徹底した管理が実施されるものと思われる。
 そのために、食品加工機械は必要に応じて容易に分解でき、洗浄性が良く、組み立てやすい構造であり、かつ取り扱いを容易にするため、極力軽量化する必要がある。いずれにしても、よりよい安全衛生管理を行うためには、食品メーカー、食品製造機械メーカー、そして各種の要素機器メーカーが協力して食品製造システムの構築にあたることが重要である。
 食品製造機械の安全衛生管理と潤滑剤について、より確実な安全衛生管理システムの構築に向けて取り組む必要がある。

以上

【参考文献】
1. 「食品衛生法」厚生労働省HP
2.「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)-抄-」厚生労働省HP
3.「89/392/EEC – 機械 – 機械の安全性:一般的な必須の安全衛生要件」
4.「食品の衛生に関する理事会指令93/43/EEC」